【超略解シリーズ】 老子 -序章2-

こんにちは!

天心です。

【超略解シリーズ】 老子 -序章-からの続きになります。

簡単に前回のおさらいをしておきます。

老子は中国の諸子百家(しょしひゃっか)と呼ばれる思想家の一人であります。

しかし、その人物像などは謎のベールに包まれています。

というか、判然とした資料がなく、諸説入り乱れているといったところでしょうか。

老子道徳経にも、あまり老子に関するパーソナルな記述はなく、淡々と森羅万象の真理が語られているだけです。

老子の思想は荘子とともに老荘思想などと呼ばれることもあり、その思想を理解する上で、孔子の打ち立てた儒教を知ることが一つの近道であることも前回、お話させて頂きました。

そして、儒教の超簡単な説明もさせて頂きました。

こちらもおさらいしておくと、孔子が目指したのは、徳によって治められる社会秩序と徳を極めた聖人君子の育成でありました。

このことを踏まえておかないと老子の思想を捉えていくのは難しいと思われます。

では、儒教を踏まえた上で老子の思想を理解した時、その内容は一体、如何なるものであったのでしょうか。

老子も目指していたのは、孔子と同じように社会秩序と聖人君子の育成にあります。

「なんだ。同じではないか」

と思うかも知れませんが、目的は同じでもそのアプローチは全く真逆のものであるのです。

孔子の聖人君子へ至る道とは如何なるものかと言えば、簡単に言えば以下のようなプロセスにあります。

学問を積みながら、知識や知恵を吸収し、賢くなり、常に学び続けて努力を積みあがていけば、必ずいつの日か聖人君子になることが出来るというものです。

だから、常に学びなさい、知識を吸収し、知恵を磨きなさいと教えているわけです。

そして、社会秩序に関しては、為政者が聖人君子になり、民衆も目上の者を敬い、親に孝行をして、聖人君子のような為政者に付き従うことで実現しようとする考え方です。

これに対して、老子は、真向からアンチテーゼを示します。

簡単に言えば、「学問などやめるべし」という立場を取ったのです。

「えっ?何それ。学ぶことをやめてどうするの?なんか変じゃない?」

とこう思われるかも知れませんね。

確かに普通は「もっと勉強しろ!」とか「一生懸命に努力しなさい。そうすれば報われるから」と説くことが多いものです。

儒教の教えも、そういう意味では、学んで努力して立派な聖人君子になりなさいと説いたので、何となく私達の通常の認識に合致するものです。

こう考えると何だか老子はトンデモナイことを説いている思想家だと思われるかも知れませんね。

実際、老子をひも解くと、本当にトンデモナイことに聞えることを淡々と説いている部分が多々あります。

なので、単純に受け止めると老子の思想はナンセンスと映ることでしょう。

しかしながら、本当はそうではありません。

老子は、極めて真理に精通した思想家だったと私は思っています。

物事の本質を常に捉えて、世の欺瞞を丸裸にしているように感じます。

それ故に単純には受け止められない深さがあるのです。

私が【超略解シリーズ】を取り上げているのも、実はこのことに理由があります。

前置きが長くなりましたが、以上を踏まえた上で次回からは、老子の内容の解説に入っていきたいと思います。


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