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【超略解シリーズ】 老子 -道の道とすべきは-

こんにちは!

天心です。

【超略解シリーズ】としまして、早速、老子道徳経の内容についてお話していきたいと思います。

初回は二度にわたり、老子序章として、概略をお話してきました。

まだ、読んでない方は、そちらを最初に読まれてから、当該記事を読まれることをお勧めします。

【超略解シリーズ】 老子 -序章-
【超略解シリーズ】 老子 -序章2-


それでは、老子道徳経の解説に入っていきたいと思います。


◆◇ 道の道とすべきは ◇◆


【原文(書き下し)】

道の道とすべきは、常の道に非ず。
名の名とすべきは、常の名に非ず。
名無きは天地の始め、名あるは万物の母。
故に常に無欲にして持ってその妙を観、常に有欲にして以てその徼(きょう)を観る。
此の両者は、同じきに出でて而も名を異にす。
同じきをこれ玄(げん)と謂い、玄のまた玄は衆妙の門なり。


【超意訳】

万物普遍の真理はコレ!と指し示せるようなものは、真理ではありません。
真理に名前を付けようとしても、うまく表現できないものです。
あえて名前を付けて呼んだとしても、ある時は「道」と呼ばれたり、ある時は「深淵」と呼ばれたりします。
つまりは、色んな名前で呼ばれたりするので、名前というもので真理を縛りつけること出来ません。
本来、真理とは、そういうつかみどころのないものであり、理屈で示せるようなものではないのです。
そして、全ての物事はそのつかみどころのないものから生まれてきたのです。
でも、人間には欲望があり、純粋性が失われてしまったので、そのつかみどころのないものが何であるのかわからなくなってしまったのです。


【超解説】

さて、のっけから難しい表現が並んでしまい、原文を読むと「何言ってんだ?」となってしまう可能性が大ですね。
【超意訳】で漢文・古典の先生が読んだらぶっ飛ばされそうなくらい、意訳していみました。
それでも、ちょっと分かりずらい部分もあるかも知れませんね。
要するにですね。私達は普段から平然と言葉を使い、物事に名前を付けてわかったような気になることが多いことを老子道徳経の中では指摘しているということです。
例えば、守護霊とか霊界とかスピリチュアルとか愛とか真心とか色々と言葉を使ってブログではお話を進めています。
しかし、本当は守護霊とはどんな存在?と言われても言葉で表したからと言って、それは正確に表現できているわけではありません。
本当に守護霊がどんな存在であるかを知りたければ、深く交流し味わうしかありません。
こう考えると守護霊という言葉は、あくまで記号に過ぎず、本質的な部分では何も表せないということです。
それは、ある人を指して、「あの人はどんな人?」と一言で聞かれても、言葉でその人を説明しきることは不可能なことと一緒です。
人ひとり取り上げてみても言葉でこうだと表せないものなのに、ましてや真理などをおいそれと言葉で表すことはできないということですね。
だから、私達は本当に真理を知りたいと願うならば言葉を追いかけてもそれは得られませんよという老子の警鐘なのかなと思います。



以上、老子道徳経の超略解になります。

何かの参考になれば嬉しく思います。


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テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

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Author:天心
こんにちは!天心と申します。
守護霊アドバイス等の取次鑑定を行っています。
ブログ記事では、守護霊やスピリチュアル世界に関するお話を掲載してゆきます。

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