灰色のモヤモヤは・・・

大学の二年生の頃の話になります。

私は都内にある某大学に通っておりまして、専門分野ではないのですが、単位取得のために経済原論という講座をとっていました。

経済原論は、経済の基本的なこと(といっても高校生で習う政治経済の教科書よりはより高度な内容)を学ぶ授業であったのですが、担当教授がマルクス経済学が専門の方でありました。

その教授は、ちょっと変わっていて、何かというとマルクスについて語りたがる傾向がありました。

専門がマルクス経済なので、さもありなんというところかも知れませんが、一応、経済原論の授業です。

もちろん、マルクス経済学も経済の勉強をする上で大切な要素を含んでいるので、教えることに意義はあるのですが、少し片寄がある授業内容だったのを覚えています。

やたら、マルクスばかりを推してくるので、学生たちはマルクス教授とあだ名をつけていたものです。

さて、このマルクス教授なんですが、学生たちのみならず、教授の間でもかなり有名な方で、どちらかというと問題児のような扱いであったらしく、どちらかというと教授の中でもアウトローな感じの立場にいる方であったようです。

当時、すでにソ連などの共産主義体制は崩壊いていましたし、社会主義、共産主義は何となく成立しないという雰囲気が漂っていました。

そんな中でマルクス推しの教授というのは、それなりに異端として目立った存在でもあったようです。

ある時、大学近くのファミリーレストランへ友達とランチに行ったときのことです。

窓際の席がいいな♪なんて言いながら友達とレストランの奥へと進んでいくと一人たたずむ中年の男性が独り窓際の席に座って黄昏ています。

何だか哀愁が漂っていて近づきがたい雰囲気です。

よく見ると其の男性は例のマルクス教授でした。

別に大学教授だってファミリーレストランに入ることはあるでしょうし、独りで食事を取っていたって問題はありません。

ただ、何となく変な雰囲気が漂っていて、ちょっと気まずい感じになり、私と友達は、早々にファミリーレストランから撤収したのでした。

そして、数日後、別の授業でのことです。

その授業は近代経済学という科目で、先ほどのマルクス教授の経済原論とも少しかぶっている部分はあるのですが、主にその名の通り近代における経済学をメインで教える内容です。

担当教授は、マルクス教授ではなく、別の教授でした。

授業を受ける中で、ひょんなことから経済原論で教わった内容にかかわる話になりました。

どうも近代経済学で教えらえている内容と経済原論で教わっている内容とで齟齬があるように感じた学生の一人が担当教授に質問を投げかけることになりました。

それもそのはずで、何しろ経済原論では、あのマルクス推しのマルクス教授の偏った授業内容です。

一方、近代経済学の教官は、結構、淡々と平たく基本となる原則を教えるというオーソドックスなタイプです。

内容に多少の齟齬を感じたとしても不思議はありません。

私は何となく学生と担当教官のやり取りを眺めていました。

その時、その担当教官の背後のあたりに何か灰色のモヤモヤが渦巻いているのが見えたのです。

「なんだアレ?」

口にこそは出しませんでしたが、私は担当教官の背後にある灰色のモヤモヤを食い入るように見つめます。

最初はタバコか何かの煙かあるいは自分の目がおかしくなっているのかな?と思ったりしました。

教室にいる学生の誰も気づいているようには見えません。

見えているのは私だけなのかと思い、やっぱり自分の目がおかしくなったのかと思おうとしたその時でした。

担当教授が学生とのやり取りの中で一言「まあ、あの教授はちょっと変わっている人だから」とポツリと言い放ち、にやりと意味深に笑ったのです。

その笑い方は一瞬ではあったものの、侮蔑の感情が見て取れました。

その瞬間、灰色のモヤモヤがある形を作り上げたのです。

それは、あのマルクス教授の顔だったのです。

ボンヤリとしていて、ハッキリとはわからなかったのですが、確かに以前、ファミリーレストランで見たあの哀愁のこもった顔、そしてどこか恨めしい感じのする表情を垣間見たのです。

段々、それを見ていると気分が悪くなってきたので、私は下を向いてやり過ごすことにしました。

おそらく、マルクス教授の色んな感情のこもった念の凝個体が担当教官のところに憑いていたのだと思います。

その時は、どうすることも出来ず、下を向いてやり過ごすしかありませんでした。

今ならばどうにか処置したと思います。

担当教官とマルクス教授との間に何があったのかは分かりませんが、一つ言えることは、人の念というものはこんな風にして憑いてくるものなんだなということです。

私たちは色んなことを想い、色んな事を感じます。

その想いは良いことも悪いこともあることでしょう。

そして、念というものは止める術が原則としてありません。

なので、あるのはどんな念を向けられるのかという違いだけです。

担当教官がその後、どうなったのかは分かりませんが、あまり良い感じのする念(生霊)ではなかったので、少なくとも良い影響はないのだろうなと思います。

出来る事ならば良からぬ念を受けず、清々しい良い念を向けられるように気を付けたいものです。


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