言葉に質量を与えるには

こんにちは!

天心です。

年の瀬ということもあり、めっきり寒くなり、都内ではインフルエンザの流行も始まっている模様であります。

近所の診療所でも予防接種を進めるポスターなどが貼ってありますが、手洗い、うがい、それからしっかりと睡眠をとることも病気を防ぐ大事な予防になるかと思います。

以前、守護霊様にも気が抜けていると病気になりやすいと戒告をされたこともありました。

なので、気持ちに隙が生じないように引き締めていきたいと思います。

さて、最近では、またまた、国会において解散総選挙が始まるということで、街中では選挙カーが走り、街頭演説の声でにぎわっています。

このブログは政治系ブログではないので、特に政治的コメントをするつもりはありませんが、巷から聴こえてくる風聞を紹介すれば、「大義がない解散」だとか「アベノミクスの是非を問う」などというキーワードがあるようです。

それらのキーワードに対して個別の感想は特に言うべきことはありませんが、一つだけコメントするならば、何というかデジャブ?いつも同じようなことを繰り返しているような感じがいたしますね。

選挙になると立候補する人やその候補者を推挙する人が街宣を行うわけですが、皆さん、本当に熱心に素敵な?ことを主張されます。

「消費増税を断固阻止!」
「不況を脱して国民の生活を豊かにする」
「脱原発で安全な国にする」

・・・

他にも色々あるかと思いますが、皆さん理想を語るわけです。

でも、いざ選挙が終わり蓋を開けてみると結局、何も変わらない。

まるで狐に頬をつままれたような、熱き選挙戦が遠い世界の夢の出来事であったかのような感じすら受けます。

今回の解散総選挙にあたっても、議員定数の削減などの公約が手つかずのままということもやり玉に挙げられているようです。

それに景気を見ながら増税には慎重に対処していくというお話だったのが、平成17年10月には景気に関わらず必ず10%に上げるのだとか。

こんな感じですから、余計に選挙戦が夢の国で起こったお話だという思いが募ります。

・・・政治的なコメントをしないと言いつつ、何だか政治色が強い方向に向かってきてしまったので、この辺でやめましょう(苦笑)

私は常々、思っていることがあり、それは何かというと「言葉には質量がない」というものがあります。

言葉というものは、とても軽いものなのです。

私たちは何かを表現しようと一生懸命に言葉を使うわけですが、言葉をどれだけ使っても、言葉に質量がない限り、言葉とはとても軽いものだと言わざるを得ないのですね。

少し、話は変わりますが、私は毎月、神田明神への月参りをしています。

月に一度は必ず詣でるようにしています。

もちろん、本当は月に一度だけではなく複数回にわたり詣でることもありますが、その都度、ブログで紹介はしていません。

他の神社にも詣でることは度々あります。

その時に必ず実行しているのが、神社、仏閣に感謝の気持ちを込めて玉串料やお賽銭をさせて頂いているのです。

単純にお賽銭箱に奉納させて頂くこともありますし、お神酒を献上する形、献灯という形、社殿の修復のご寄付という形、色々な形で行っています。

義援金などの募金があるところでは、そちらにもご寄付させて頂くこともあります。

これらのご寄付は、私が取次鑑定などで頂いたご寄付の一部でもあるのです。

ご寄付の一部を奉納し、取次鑑定のご相談者の真心が様々な神社、仏閣の神霊に届くようにという想いもあり、このようにしているわけです。

しかし、実はそれだけが理由ではありません。

ご寄付をしたいだけであれば、銀行振込とか方法は色々あるわけで、わざわざ、神社や仏閣を詣でる必要はありません。

お祈りをするにしても、仲良くさせて頂いている神社や仏閣の神霊であれば、どこにいても繋がることは可能です。

では、なぜわざわざ時間を作り、労力を惜しまず、詣でるのか。

それは、私は私が信奉しているものに対する重みづけをしているからなのです。

重みづけとは何かというと、言葉に質量を与えるということです。

守護霊や神霊のことをお話することは誰にでも本当は出来ます。

世の中には様々な情報があふれていますから、知識を得ることは容易なことでもあります。

だから、言ったり話したりすることは誰でも出来るのです。

しかし、問題は先ほども言いましたが、「言葉には質量がない」ということなのです。

どんなに素晴らしい知識やお話を語ることが出来たとしてもそこに重みづけがない限り、言葉には質量がない状態です。

自分が信奉しているものが本当に意味のあるものにしていくためには、重みづけをしていく必要があるのです。

では、重みづけとは何かといえば、それは、様々な労苦でもあり、時間をかける、費用をかける、心を砕くということが該当します。

忙しくても時間を何とか作って神社、仏閣に詣でるのは正直、しんどい時もあります。

「無理しないでください」とか「そこまでしなくても良いのでは?」という優しい言葉をかけてくださる方もいらっしゃいますが、それでも続けているのは、しんどくても重みづけをすることでしか、言葉に質量を与えることが出来ないからです。

もちろん、私自身が放った言葉がどれほどの質量が込められているかと問われれば赤面するしかありませんが、それでも少しでも自分の言葉に質量を加えるために何が出来るのだろうかといつも考えています。

これは、スピリチュアルだけに言えることではなく、全ての事に共通して言えることでもあるかなと思います。

例えば、3.11の震災が発生した時に盛んに「絆」という言葉が叫ばれました。

でも、その結果どれだけ絆が結ばれたりしたのでしょうか。

言葉だけが独り歩きしてしまっていた部分もあるように感じます。

やっぱり、本当の意味で絆が実感できたのは、日ごろから交流が盛んであった地域であったり、心を一つにした家族だったりしました。

お互いに交流があったり、同じ課題に取り組む、同じ労苦を分かち合うというような体験を積み上げてきた人間関係があって初めて絆が意味のある言葉になるのかと思います。

だから、絆、絆と言葉を連呼しても絆が結ばれて行かなかった部分があったのは無理もないことかと思います。

言葉に質量を与えない限り言葉は言葉に過ぎないのですね。

ですから、私の課題も如何に言葉に質量を与えていけるのかなのです。

さて、長々、お話してしまいましたが、今回の選挙に当たってまたもや多くの言葉が飛び交うことになります。

どんなに良さげな言葉もしつこいようですが質量がありません。

果たしてその言葉に質量を与えてくれる政治家はいるのでしょうか。

・・・って結局、最後は政治的コメントっぽくなってしまいましたね。(苦笑)

世の中はどうであれ、私は私なりに重みづけをしていけたらと思っています。


◎クリックご協力ください!

スポンサーサイト

テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

天心

Author:天心
こんにちは!天心と申します。
守護霊アドバイス等の取次鑑定を行っています。
ブログ記事では、守護霊やスピリチュアル世界に関するお話を掲載してゆきます。

ツイッター
最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
閲覧者数
現在の閲覧者数:
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
Happy Search★ ~占いと癒しの検索ポータルサイト~
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR