成長を阻害するもの -オソれる心の階層- (その5)

成長を阻害するもの -オソれる心の階層- (その4)からの続きになります。

「恐れる」心も「怖れる」心も克服しても、なお、現れるオソれる心という障害。

それは、自身よりも高次元の存在に触れる時に訪れる「畏れる」という感情でもあります。

本来は原始的な恐怖心というものは、自分を害するかも知れないという存在に対する反応でした。

ところが、人間は高度な知性を得てより、恐怖心を克服してきましたが、一方でこの「畏れる」心を獲得したのです。

その結果、高い次元へ上昇しようとする魂の性質とそれを阻む反作用を生み出されました。

この反作用を私は法難システムと呼んでいます。

私達が高次元へ魂を飛翔させていくためには、「畏れる」心を解決していく必要があるとうことです。


◇◇ 自分の中にある神心に気づく ◇◇


人は皆、魂という高次元の要素を生まれながらにして持っています。

魂を持っているからこそ、人は高度な知性を発揮することが出来るとも言えるでしょう。

私達の人生はスピリチュアル的に考えるならば魂の発露を表現することに意義があります。

ところが、多くの人がまだ魂の意志に準じる生き方が出来ないでいることも現実です。

その理由としては、「畏れる」心の存在に一つの答えがあります。

魂はより高次元に向かって上昇していこうとする時に畏敬の念とともに「畏れる」心が近づくことを拒むようになります。

どうにかしてこの「畏れる」心を鎮めることが肝要です。

そのためには、自らの魂が如何なる存在なのかを常に意識しておく必要があります。

魂とは神界にて生まれた高貴な存在です。

神様そのものといっても良いでしょう。

人間という個体に生まれた以上は、長所もあれば欠点もある偏った存在ではあります。

ですから、どうしても現在の個体としての自意識から考えると高次元に対して「畏れる」心が生まれます。

なので、いつでもどこでも、自分の本質は魂にあることに立ち返っていくことが肝要です。

私自身も常に心がけていますが、同時にブログやFGSの会のメルマガ、メンバーとの交流に際しても、魂への回帰を促すための働きかけをしています。

多くの人が「畏れる」心を超えて、高次元へと向き合って欲しいという願いを込めて活動をしています。

課題や問題も時を経て変わっていきます。

変わる中で自分の在り方も変化していきます。

このようなプロセスを今後も経て、いつかは皆が主体的意志に基づき、裁きの心なき社会が到来すれば良いなと夢想しつつ、毎日を生きていく所存です。


天心 拝


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成長を阻害するもの -オソれる心の階層- (その4)

成長を阻害するもの -オソれる心の階層- (その3)からの続きになります。

スピリチュアルについて正しく受け止めてもらうためには「恐れ」や「怖れ」を取り除く必要があります。

「恐れ」や「怖れ」の心は、良く分からない、判然としないことからくる混乱とそれを語り発信する者が持つ人間性に対する疑念から生まれることを前回は述べました。

そして、それに対する処方箋として私が心掛けて来たことなどもお話しさせて頂きました。

簡潔にまとめれば、私が実施したオソれる心の対策は、スピリチュアルの再定義誠実なる人間性の追求です。

なるべくオソれる心を増大させぬよう、スピリチュアルの本質を伝えるための障壁となるものの除去を務めてきたと言えます。

スピリチュアリティの門をくぐる人が無用な不安を抱かぬように言葉を選び、解説し、その人の主体性を大切に考えてきました。

その結果、大方の人に対しては誤解を受けることもなく、現在まで活動を続けることが出来ています。

しかし、それでもまだ、大きな関門が待ち構えていました。

これは最大の関門かも知れません。

「恐れ」でも「怖れ」でもない、もう一段上のオソれる心が人にはあるのです。


◇◇ 霊性から人を遠ざけるオソれる心とは ◇◇


「恐れ」も「怖れ」もなくなり、スピリチュアリティの探求への道へ入った人は、段々と自身の霊性に気づくためのプロセスを踏むことになります。

その歩みは誰でも同じような道をたどることが多いのですが、その速度は人によって異なります。

無論、早い遅いは人それぞれのペースがあることなので問題はないのですが、時にある位置から停滞してしまうケースもあるのです。

ゆっくりとでも前へ進めば良いのですが、何故かある時点から前へ進まなくなるという現象が多く見受けられるようになりました。

何故に人は立ち止まって動かなくなってしまうのか。

長い間、判然としないまま、試行錯誤して、どうしたら多くの人に前を向いてもらえるのかを考える日々を送ってきました。

そこで気づいたことがあります。

それは、「恐れ」でも「怖れ」でもないさらに一段上のオソれる心が存在することです。

それは如何なるものかといえば、「畏れる」という心の在り方です。

「恐れる」も「怖れる」も結局は個としてのエゴが脅かされることに対するオソれる心であり、原始的な感情だと言えます。

ところが高度な知性は発達させて進化し続けてきた人間は、高い霊性を獲得しました。

その結果、自らの霊性をはるかにしのぐ深い霊性に触れようとするとき「畏れる」という感情が生まれたのです。

「畏れる」心はいわば、畏敬の念などと表現されることもあり、畏れ多い気持ちで近づきがたいという状態をもたらします。

しかし、スピリチュアリティにおける魂の向上には、より高い霊性へと向かっていく必要があります。

つまり、より高い霊性に親しんでいく必要があるということです。

そのためには、「畏れる」心を乗り越えていく必要があるのですね。

では、どうすれば「畏れる」心を乗り越えて霊性を高めていく道へと入ることが出来るのでしょうか。


…次回に続きます。


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成長を阻害するもの -オソれる心の階層- (その3)

成長を阻害するもの -オソれる心の階層- (その2)からの続きになります。

スピリチュアルが潜在的に持っている「恐れ」「怖れ」。

スピリチュアルの認知度が上がることと同時に混乱や誤解も多々生まれてきました。

その結果、認知度が低かった頃よりも、また次元の異なる問題点も発生したきたわけです。

スピリチュアルを本来のあるべき姿として受け止めてもらうために発信する側もよくよく心得ておく必要が出てきました。

そこで考えた方策が「恐れ」と「怖れ」を発信段階で取り除くということです。


◇◇ 問題点の本質を理解してオソれる心を取り除く ◇◇


スピリチュアルに纏わる「恐れ」とは、まず、その本質がどういうものなのかがハッキリしない点にあります。

前回も述べた通り、「守護霊」という言葉一つとっても、その指し示すものは多岐に渡ります。

そこで私はスピリチュアルに纏わる言葉の再定義を試みました。

思えば、このブログで行ってきた大切な役割の一つは、スピリチュアルの再定義でした。

守護霊とは何か、霊界とは何か、長年にわたりスピリチュアルで語られてきた物事を一つひとつ再定義していったのです。

スピリチュアリティとは、論理ではなく、論理も含め、様々な事象やエネルギー、働き、意志が現れる根源的なものを対象としています。

本来は言葉で表せるものではありませんが、それでも、私達はまず言葉を通して物事を伝えていくしかありません。

ところが、論理性の表れる以前の根源であるスピリチュアリティを言葉にする行為は正確性を欠くことが多くなりがちです。

その結果、「恐れる」心が誘発されるようになりました。

だからこそ、言葉を大切に正確にを心がけるようにしたのです。

無論、私の限界を超えるようなことは出来ないので、私なりに探求し、可能な限りにおいて、心掛けました。

このようなことしか出来ませんが、「恐れる」心の要因の一つは多少なりとも解消へ向かわせることは出来たのではないかと思っています。

また、スピリチュアルにおいてもう一つの「怖れ」とは、やはり、そのスピリチュアルを発信する人間性についてです。

誠に残念なことではありますが、スピリチュアル情報の発信者やあるいは、取り扱う人間の中には、悪意や自身のエゴを満たす目的で行っている人も表れてきました。

過去の宗教家の例で言えば、かのオウム真理教の事件などにおいては、地下鉄サリン事件などにより多くの方が亡くなられたり、障害を負われたりしました。

人生の迷いを振り払うための宗教で、多くの迷える人が出てしまうこともあります。

スピリチュアルにおいても、脅かされたり、不安をあおられたり、必要以上、かつ過剰な願望成就の期待を抱かされてしまうことで、本来の魂の向上からはかけ離れてしまうこともあるようです。

そういった経緯もあり、スピリチュアルとは如何わしい、良からぬものではないかという想いを抱きそれが「怖れ」という感情に結びつくことになってきました。

どんなに素晴らしい物事でもそれを運用する人間性が衰えてくると、方向を間違いかねないということです。

私自身もこの点については常に自身をチェックしています。

客観性や平常心、それから、公平性、決しておごらず、かつ卑屈になるわけでもなく、ニュートラルにあること。

誰かを叩き、自身の正当性を主張したり、自分だけが正しいという考え方になることに繋がることを極力排していくようにしてきました。

裁きの心をなるべく小さくし、寛大な心と大らかな気持ちでいられるようにと自分自身では思っています。

出来ていない部分も多々ありますが、方向性としては、あらゆる存在がその長所を伸ばし、欠点を許しあい、補い合い、調和していける道を探ってきました。

来る人去る人、色々あって良い。

賛成の人、反対の人も他の意見がある人もそれぞれの道で幸せになり、役割を担えばそれはそれで素晴らしい。

そういうスタンスで、なるべく無用な「怖れ」を抱かれないようにという心がけで参った次第です。

日々、学び、在り方もやり方もその都度、柔軟に変えてきてはいます。

しかし、その根本の考え方は、ずっと変わらないのです。

誰もが安心して学べるための環境を作ることで「怖れ」を取り除いてきたというのが、あまり普段は語らない本音の部分でもあるのです。


…次回に続きます。


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成長を阻害するもの -オソれる心の階層- (その2)

成長を阻害するもの -オソれる心の階層-からの続きです。

前回のお話しを軽くおさらいしておきます。

私達には動物レベルの原始的な「恐れる」心と一段上の次元に上がった位置にある可能性に対しての「怖れる」心があるということをお話しさせて頂きました。

私達は、オソれる心を引き起こすと正常な判断も下せなくなり、真っすぐに成長へと向かう道を歩めなくなります。

故に如何なる次元においてもオソれる心を手放していくことが肝要だということです。

ところが、オソれる心は、上記で挙げた二元的なものに収まらず、さらに次元を上げて存在するということをお話ししました。

さらなる一段上のオソれる心とは一体如何なるものか。

前回は、ここまでお話ししたことと思います。

今回はこの続きということで、早速、お話を進めていきたいとのですが、一段上のオソれる心が何であるのかに触れる前にもう少し、二元的な「恐れる」と「怖れる」のお話しについて述べさせてください。

早く先に進めろという意見もあるかと思いますが、今回は総論的な意味合いの記事になっているので、少し丁寧に進めていきます。

その方が、さらなる一段上の次元のオソれる心の問題点などが浮き彫りにしやすくなると信じています。


◇◇ スピリチュアルが持つ「恐れ」と「怖れ」 ◇◇


前回も申し上げた通り、私は約6年間にわたりブログにてスピリチュアルについての情報を発信してきました。

今やブログというメディアを通してスピリチュアルな情報を発信するということ自体は珍しいことではありません。

多くの方が発信者となっていますし、それだけ情報も沢山、出回るようになりました。

この状況は、スピリチュアルについての情報を発信する側にとっても受け取る側にとっても様々な長所や短所をもたらしたといえます。

長所としては、スピリチュアルという概念自体が市民権を得られるようになってきたこと、認知度が上昇したことで、内容に対する意味合いが伝わりやすくなった点があります。

以前は、スピリチュアルという言葉やその内容を語っても中々、受け入れられない、前提としての認知がされていないので、興味すら持ってもらえないという状況でした。

ある程度、認知度が上昇したことで、そのあたりの苦労が激減したように思います。

それでは、スピリチュアルな情報が巷に出回るようになり、長所ばかりを享受できるようになったのかといえばそうではありません。

長所と短所は表裏一体です。

問題点も出てきました。

玉石混交という言葉がありますように一口にスピリチュアルといっても様々な内容やレベルのものが世の中に溢れるようになったのです。

無論、玉石混交という状態が問題だというわけではありません。

どんなものでも、発展的な方向に流れていく上では、様々なものが出てくるもので、玉石混交になること自体は当たり前のことと言えます。

問題は、発信側はともかく、受け取る側がその混在した情報を上手く整理できず混乱してしまう事態になってきたことです。

何しろスピリチュアルと呼ばれる分野の情報には、統一性や合意性のようなものがありません。

それぞれの方の体験や信念、確信を寄せている情報の発信がなされるだけで、一定の説として体系だてられることもなく、全ての発信者、研究者の合意がなされているものでもないのです。

それ故に同じような言葉や概念を説明していても、全く異なる次元の話をしている場合もあります。

例えば、「守護霊」という言葉一つとっても皆、使い方や指し示すものが違ったりします。

ある人は、守護霊とはその人を守護し導く仏様で生まれ年によって決まっていると言います。

また、ある人は、守護霊は先祖霊だといい、あるいは、ある人は、動物が守護霊だと言う。

それどころか守護霊はいないという人もいれば、守護霊は誰にでもついているという人もいます。

守護霊は潜在意識だという説を唱える人も。

守護霊という言葉の歴史をたどれば、元々はイギリスに渡りスピリチュアリズムを研究していた浅野和三郎氏に起源があります。

心霊研究家である浅野和三郎氏はイギリスでにおいて学んだスピリチュアリズムにおいて、私達の霊的背後には私達を支援する何者かが存在するという霊的実相をつかみました。

そして、日本にスピリチュアリズムを持ち帰った際、その霊的存在に対して「守護霊」という和訳を当てはめました。

だから、「守護霊」の生みの親は、歴史的には浅野和三郎氏であると言えます。

その後、日本でもスピリチュアリズム的な考え方と元々の日本にあった霊性を帯びた宗教や占いなどとが結びつくようになると「守護霊」という言葉は様々な場面で汎用的、かつ運用的に使われるようになりました。

また、「守護霊」という言葉が一般化し始めると様々なものに当てはめて使われるようにもなります。

このように「守護霊」という言葉一つとっても一人歩きを始めるもので、その定義が曖昧になり、あるいは多岐にわたって複数の定義を持つようになってしまったのです。

スピリチュアルには統一的なあるいは合意的な見解がない。

この点が情報を受け止める人にとって、一種の「恐れる」心をもたらすことになりました。

つまり、何が何だかわからないものに対するパニックであり、如何わしいという率直な気持ちです。

オドロオドロシイ・・という感覚が一番ピッタリくるかと思います。

霊という言葉を聞くだけでも、何だか嫌な気分の悪い心地になってしまう人もいるくらいです。

それから、同時にスピリチュアルに対しての「怖れる」心ももたらされました。

そんな如何わしいものと付き合うと何かオカシナ方向へとミスリードされてしまうといった不安な気持ちです。

実際、残念なことながらスピリチュアルという看板を掲げて、実際にはスピリチュアルの霊性探求とは似て非なる方向へ導こうとする人なども表れるようになりました。

そのため、社会性や日常生活が明らかにオカシナ方向に向かってしまった方も出てきたのです。

スピリチュアルな情報を受け止める方にとっても発信する側にとってもデメリットしかない現象でもありました。

平和的に霊性を探求しているだけでも、「恐れ」と「怖れ」がスピリチュアルを直撃したことによって、全てが如何わしいという目で見られてしまうようになったからです。


…次回へ続きます。


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成長を阻害するもの -オソれる心の階層-

昔からの読者には今更のように感じることかと思いますが、このブログではスピリチュアルな事柄に関して多くの事をお話しさせて頂いて参りました。

中でも中核となる考えは、「魂の向上」であり、魂の向上のために寄与するお話しを様々な角度から、幅広く、あるいは高低の次元を交えて触れてきました。

何故、私がブログを発信しているのか。

原点を再度、振り返ってみるならば、ブログを読んで頂く方のための魂の向上に寄与するためです。

無論、物事には順序というものがあり、本当に濃い内容というものは、単なる文章を書き連ねたものをお読み頂ければ、それで良しとなるものではありません。

深い内容を真に理解し、体得していくためには、深い内容を理解し、自らの血となり肉となる状況を作り出すことが肝要です。

全くの前提知識や理解なくして、専門的な高度な内容に触れてみても、完全に受け止めきれず消化不良に陥る可能性が高いと言えます。

ブログを通じて、まずは、スピリチュアルな基本的な知識や取り組むための姿勢、生き方のヒントなどを理解してもらうことが、一つの目標でもあります。

その後には、FGSの会などにご入会や取次鑑定などを通して、より深いものを学ぶように進めるようにしています。

思惑通りに順当に機能していない部分も多々ありますが、概ねこの流れの中で6年間やってきたのです。

その中で、最近、わかってきたことがあります。

そのことは、長い間、私の中で見えていなかった盲点でもありました。

その盲点があり、見えていなかったために人の成長を阻害するものの実体が良くわかっていなかったのです。

今回は、その成長を阻害するものが何であるのか、どのように乗り越えていくべきかを考察してみたいと思います。


◇◇ 私達の持つオソレという感情 ◇◇


私達の心の原始的な奥深いところには、動物的な本能に根差した感覚から、人間の高い霊性にまで連なる一本の線で繋がれている感情があります。

それを一言で言うならば、「オソれる」という感情です。

「オソれる」とカタカタとひらがなを交えて記載しているのには理由があります。

この「オソれる」という感情には、単純に恐怖心という別名で表しきれない複雑な性質を持っています。

故に漢字による表記は多岐にわたります。

実際に恐怖心という漢字も「恐」「怖」と両方とも「オソれる」と読むことが出来ます。

そして、どちらも所謂、恐怖心をニュアンスとして表している言葉です。

ところが、この二つには実体として明確な違いがあります。

まず、恐怖心について考える際に私達には、大きく分けて二元的なオソれる心を持っていることの理解が必要です。

一つには、物理的、かつ現実的、具体的、直面的な危機に対する反応としての「オソれ」です。

例えば、私達が船に乗っていて、その船が座礁して沈んだとします。

海に身体が投げ出されて、溺れている時、おそらくは、パニックに近い恐怖心を抱いているはずです。

この時のオソれる心は漢字にするならば「恐れる」となります。

海で溺れるという物理的な危害があり、今、現実として直面している具体的な状況に恐怖しているわけです。

この「恐れる」感情は、人間のみならず動物でも感じるレベルのものです。

一方で、人間は動物には備わっていない次元の一段上がった抽象性を兼ね備えた存在となりました。

動物にはない霊性を開拓し霊覚を向上させたことで、生まれた恐怖心があります。

それは、想像的かつ抽象性の高い、可能性に対する恐怖心です。

同上のたとえ話でいえば、船は座礁もしていないし、現実的には何も起こっていない、直面していないけれど、可能性として存在する想像上の危機に対する恐怖心です。

漢字にするならば「怖れる」と書きます。

この「怖れる」は揺れる船の中で、「座礁するのではないか?」「並みにあおられて転覆しないか?」といったまだ、現実的に起こっていない、直面しない想像上の出来事に対するものです。

どちらも恐怖心という意味では、同じです。

しかし、対象とする次元は「恐れる」はより低次元に対し、「怖れる」は一段上の次元にまで恐怖の対象が移行しています。

「オソれる」という心は、私達の心を閉ざし、停滞させます。

昨今のスピリチュアルについても「恐怖心」を手放しましょうという旨のメッセージを発信する方も多くいらっしゃいます。

私自身も、これら恐怖が成長しようとして一歩踏み出す勇気を奪う結果にならぬように、出来るだけ、スピリチュアルな探求へと踏み出そうとされている方から取り除くように多角的に取り組むようにしてきました。

ところが、それだけでは、実は、まだ、不十分であることに気づかされたのです。

これから、お話しするのは、これら恐怖心のさらに一段上の次元の「オソれる」心に対する一つの呪縛観念の解除に関わることです。

「恐怖心」を手放しても、まだ、成長を阻害する要因となる「オソれる」心とは一体何であるのでしょうか。


…次回に続きます。


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天心

Author:天心
こんにちは!天心と申します。
守護霊アドバイス等の取次鑑定を行っています。
ブログ記事では、守護霊やスピリチュアル世界に関するお話を掲載してゆきます。

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