スピリチュアルライフについて考える(その3)

スピリチュアルライフについて考える(その2)からの続きになります。

私達の心には意志が宿っています。

生きようとする意志。

何かを表現したいという意志。

誰かを愛したい、育みたいという遺志。

様々な意志が交錯する世の中で私達は生きています。

しかし、私達の持つ意志は形を持たず目に見ることも触れることも出来ません。

スピリチュアリティを発揮するというのは、この目に見えざる意志の履行にあります。

誰もに宿る意志がスピリチュアリティの主体であるということも出来ます。

このことから私達のスピリチュアルライフを考えてみたいと思います。



◇◇  意志の具現化  ◇◇



「○○する」という意志はある方向性を持った存在です。

意志とは方向性や決してぶれることのない軸、全てを支える屋台骨のようなものといえるのかも知れません。

私達は一日の生活の中で様々な意志の具現化を試みます。

意志の方向性をどのように表現するのか。

私達はそれを想像し思い描きます。

この思い描くということ自体がとてもスピリチュアルな行為でもあるのです。

想像力。

私達に備わったスピリチュアル的な能力の一つです。

スピリチュアルライフを送るために欠くべからざる要素は想像することです。

私達はともすると自分自身の想像を否定してしまいます。

悪い想像を否定するのは良いとしても自分らしい素敵な想像まで否定する必要はありません。

どんどん想像して、意志の具現化を図る。

このプロセスが私達の日常でもあり、スピリチュアリティが発揮されている瞬間でもあるのです。



・・・スピリチュアルライフについて考える(その4)へ続く


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ジャンル : 心と身体

スピリチュアルライフについて考える(その2)

スピリチュアルライフについて考えるからの続きになります。

スピリチュアルライフは一日の始まりにあり。

前回は一日の始まりにどのようにスピリチュアルを組み込んでいくのかについてお話ししました。

何事も始まりを正すことによって全ての方向性が決まってきます。

一日の生活をスピリチュアリティを意識した中味にしていくためには、一日の始まりにスピリチュアルを意識することが重要であることを述べました。

では、朝目覚めたら守護霊やスピリチュアルなものに意識を向けて、お祈りなどすればそれで良いのでしょうか。

無論、それだけではスピリチュアルライフを送っているとは言えませんね。

一日の生活を過ごすなかで如何なることに注意を向けると良いのでしょうか。



◇◇  生活の中で学ぶ  ◇◇



生活とは、単なる生命活動や社会活動を行うための時間ではありません。

しかし、私達は一日の多くの時間を仕事や家事、子育てや学校、それぞれの社会活動を通じて費やします。

何となく生きているだけでも時間は過ぎていきますし、命ある限り何かしらの活動を続けていくことになるのです。

これら活動そのものの中にすでにスピリチュアリティは潜んでいます。

潜んでいるという言い方をしましたが、殆どの方は表面的なかつ現実的なものの見方しかしないため、スピリチュアリティに気づきません。

私達は魂を向上させるために現世次元へと降誕しています。

ところが殆どの場合はそのことは忘れ去っているかのように表面をなぞるような日々を送ってしまうのです。

日々の生活の中に表れるスピリチュアリティに気づくだけでも、一日を生きる意味は大きく変化します。

その気づきを得るための一つのヒントを提示したいと思います。


「生活の中にあるサインに気づく」


私達の生活は魂の向上のためにあると言いましたが、そもそも魂の向上はどのようにして果たされるのでしょうか。

簡単に言えば、それは大いに学び、魂を発露させることによって果たされます。

では、大いに学ぶためにはどうすれば良いのでしょうか。

学ぶと聞いて多くの方は本を読む、話などを聞くということを想像したかも知れませんね。

確かに読書や他者の貴重な話に耳を傾けることも重要です。

しかしながら、それだけが学ぶということではありません。

スピリチュアル的な学びとは何か特定のことだけを通して行われるものではないのです。

思い切った言い方をすれば、私達の生活そのものが学びだと言えます。

職場で働いている時もお台所で料理やかたずけものをしている時もスピリチュアル的な学びの場は広がっています。

映画を見たり、友人と会食をする時も、散歩をしている時も電話やメールを打っている時も片時も休むことなくスピリチュアリティは私達に問いかけています。

別の言い方をすれば、生活のあらゆるシーンに教えがあり、何かに気づかせてくれるサインが現れているということです。

これらのことに気づいていくことがスピリチュアル的な意味における学びになるのですね。

ところが、中々、これに気づくことが出来ません。

では、どうすれば気づくことが出来るようになるのでしょうか。

答えは簡単です。

常に「問い」を発するということです。

「問い」を発するといっても必ずしも人に質問をすることだけを意味しません。

守護霊や神社の神様、仏閣の仏様、あるいは自らの魂に対して問いかけてみましょう。

「問い」を発することによって、私達は生活の中に表れるサインに気づきやすくなります。

問うことが学びの始まりであり、問いの答えは私達の生活の中で示されるということになるのです。



・・・スピリチュアルライフについて考える(その3)へ続く


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スピリチュアルライフについて考える

私達の人生の中味は日々の生活にあります。

一日一日、私達は生活を積み重ねて人生を描いているのです。

素敵な人生を送りたいと考えるとするならば、それは素敵な生活を送りたいという願いにパラフレーズすることが出来ます。

如何なる人生を送るにせよ全ては生活の中にその本質があるということです。

では、スピリチュアルな人生を送ることを願う場合には如何なる生活を送る必要があるのでしょうか。

スピリチュアリティとは本来誰にでも備わっているもので、信じる信じない、意識するしないに拘わらず、人生そのものがスピリチュアリティの発揮される舞台となっています。

それ故に、生活自体もどんな生活であれスピリチュアリティから離れることはありません。

こう考えれば、スピリチュアルを意識しなくても人生はスピリチュアルそのものだと言えますし、いかなる生活もスピリチュアリティに満ちているといえるでしょう。

しかしながら、即物的な考え方、唯物論的な発想が当たり前の世の中になってくると元々、当たり前であるはずのスピリチュアリティが陽炎のように揺らめき薄らいできます。

結果、自分の本質がどこにあるのかすらわからなくなり、しまいには「人間など死ねば単なる肉の塊」だとみなすような殺伐とした発想にすら陥る昨今です。

今一度、誰にも当たり前にあるスピリチュアリティを見直してみてみたいと思い立ちました。

そこで今回、着眼点として選んだのは「生活」です。

私達は様々な生活を営んでいますが、そこにスピリチュアリティを見出すとしたら、どのようなものがあるのでしょうか。

あるいは、スピリチュアルを意識した生活を営むとしたらどのような心構えが考えられるでしょうか。

本来は意識しなくても誰もがスピリチュアルな生活を営んでいるとういう前提に対し、あえて、分かりやすい原則的なスピリチュアル的な向き合い方を述べてみたいと思います。

スピリチュアルライフを送るためにはどうすれば良いかに興味がある方にも参考になれば幸いです。



◇◇  始まりの意義を考える  ◇◇



物事には始まりがあります。

何事も生じるとは始まることでもあります。

この文章を読まれているあなたもオギャーと泣いて生まれた瞬間から人生が始まりました。

人生の始まりがオギャーと泣いて生まれた瞬間であるならば、生活の始まりはどこからになるのでしょうか。

それは朝目覚めて一日をスタートさせるところではないでしょうか。

「私は夜勤なので夕方目覚めます」

という方もいるかも知れませんが、いずれにせよ、生活の一日がスタートする始まりを持っているわけです。

何事も何をもって始めるか。

そこが大事です。

初発の一念が物事の方向性を決めるのです。

スピリチュアルライフはこの一日の始まりに意識カーソルを当てることから始まります。

一日の始まりに自分が一日どいういう生き方をするのか願い、誓い、祈りましょう。

祈るというと宗教的なとらえ方をする人が多いとは思いますが、別段、儀式めいた何かをしなくても大丈夫です。

私は守護霊にお祈りするということをブログで勧めていますが、ピンとこないならばお天道様でも神棚でも、なんでも構いません。

ともかく霊性を持った存在に意識を合わせて、自分がどうありたいのかを宣言する。

このことから一日をスタートさせることが最初にすべきスピリチュアルライフの最初の一歩となります。

難しく考えなくても良いのです。

始まりを正して今日の一日をスタートすれば良いのです。


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成功するための究極の言霊

世の中には人が忌避する事柄が幾つかあります。

その中の一つが「失敗」であると言えます。

人間だれしも失敗を経験するものであり、避けられないものであると言えるでしょう。

しかしながら、それでも人は失敗を恐れ、忌避します。

それは、動物にとっての本能でもあるのかも知れません。

動物にとって失敗は即、死に直結する場合があります。

失敗を忌避するのは、死を恐れる動物の生得的な本能であるといえるのかも知れません。

ところが、人間が失敗から遠ざかるためには、小さな失敗を繰り返し、大きな失敗、即ち死に近づくような失敗をしない技量を身に着ける必要があるのです。

小さな失敗を繰り返した先に成功が待っています。

成功するためには、小さな失敗を繰り返すしかありません。

しかし、生得的な本能としての失敗を忌避する反応というものは、大小を選ばず、表れてしまうものです。

とりわけ、失敗した直後は、極度に失敗を恐れて、次の行動に移せなくなりがちです。

先ほども言いましたが、成功するためには、小さな失敗を繰り返しながら技量を身に着ける必要があります。

小さな失敗の後、恐れをなして、行動が止まれば、技量を身に着ける前に成長が止まります。

成長が止まれば、技量が身につかず、結果として大きな失敗に見舞われるリスクを高めることになるでしょう。

では、小さな失敗の後も果敢に次のトライアルへと進めるようになるためにはどうすれば良いのでしょうか。

今回は一つの提案として「成功するための究極の言霊」をご紹介してみたいと思います。


「次はきっと成功する」


どうでしょうか。

この言霊は、感覚的にはあまり力まず、ふんわりとした軽めのノリで唱えると良いと思います。

お気楽な感じで「次はきっと成功する」と唱えながら、肩の力を抜いていくのです。

肩の力が入りすぎて、力み過ぎている方は、この言霊に対してこんな風に思うかも知れません。


「そんなこと言って、次に成功するとは限らないじゃないか!」


はい、その通りです。

確かに次に成功するかどうかなど誰にも保証出来ません。

同時に失敗するかどうかもわかりません。

一切は空であり、可能性です。

成功するかもしれないし、失敗するかも知れません。

失敗が恐くて前に進めなくなる人は、「失敗」の可能性を強く意識しています。

ですから、この意識状態を「成功」の可能性に転じていくことが重要になります。

このように説明してみてもやはり、こんなことを思うかも知れませんね。


「成功すると信じて、次をやってみて失敗したら、先ほどの言霊は嘘になるのではないか?」


「次はきっと成功する」 ⇒ 結果:失敗した( ;∀;) となれば、信じたことが嘘になると言いたくなるでしょう。

しかし、この言霊を良く見てください。

「次は」という未来志向の枕詞がついています。

つまり、この言霊は前を向かせる働きが込められています。

失敗しても、常に「次は」と前を向く。

前を向いている限り、この言霊に矛盾は表れません。

後ろを向いた瞬間に過去に囚われるようになり、歩みを止めてしまう働きが出てきます。

「次はきっと成功する」の言霊を唱え続けている限り、意識は前へ前へと向かっていきます。

意識が前へ前へと向かっていく限りは、人を走らせてくれるエネルギーが与えられるということです。

「次はきっと成功する」という言霊を唱えながら、止まることがなければ、本当に言霊の示す通り、次という名の未来前方に成功が待っていることでしょう。

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感謝すると幸せになる?

感謝する心。

宗教やスピリチュアル、あるいは自己啓発においても感謝する心の重要性が解かれています。

感謝しなさいそうすれば幸せがやってきますよ。

分かりやすく言えば、こんな風なメッセージがこの考えには込められています。

実際には感謝の言葉を何度も発すると良いというようなワークを推奨されている方もいらっしゃいますね。

感謝の心を持てば、幸せが引き寄せられてくる。

確かに間違いではありません。

しかし、この考えには重要な誤謬が含まれています。

というより、あえて分かりやすく感謝の心の重要性を伝えるために誤謬を黙認しているといった方が良いのかも知れません。

かくいう私自身、今までもこのような○○すれば△△が起こるという論理でお話しをしてきた部分もあります。

実際問題として感謝の心がない人に幸せは訪れないのも事実なのです。

しかしながら、やはり、誤解を解いておかないと永遠に真実がわからぬままになってしまいます。

今回は、感謝すると幸せになるという法則の真実を解説してみたいと思います。

感謝すると幸せになる。

この言葉は二元的な構成で論理が成り立っています。

つまり、「感謝する」という行為と「幸せになる」という結果の二元論です。

前提条件である「感謝する」が満たされると「幸せになる」という帰結を得られるという理解になります。

ところが、ここに誤謬があります。

「感謝する」ことで「幸せになる」あるいは引き寄せられるというのは、ある意味、間違いではありません。

ただ、誤解があるのは、幸せが形ある何かだという思い込みにあります。

幸せとは本来、感覚であり事柄ではないのです。

簡単に言えば、幸せとは「幸せな気持ち」のことなのですね。

幸せな気持ちにさせてくれる事柄というものは確かに存在しますが、それは絶対的なものではありません。

例えば、一般的に幸せと紐づいていると認識されている「結婚」という事柄があります。

結婚をすると多くの人は幸せを感じると言います。

好きな人と一緒に新たな人生を築いていく。

誠に幸せなことだと言いたいところですが、誰にとっても幸せな事柄とは言えません。

あまり気に進まない結婚や親同士が勝手に決めた政略結婚のようなケースであれば、幸せな気持ちになれるとは限りません。

つまり、「結婚」という事柄は本質的に幸せとは無関係なのです。

結婚に限らず、あらゆる事柄は本来、幸せとは無関係です。

というより事柄に紐づく感情は幸せ以外にも苦しみもあれば、不安、悲しみ、嫌悪や恐怖など様々にありえます。

このことを鑑みれば、事柄で幸せが決まるわけでもなければ、事柄が幸せであるはずもないのです。

幸せとはどこまで行っても、幸せの感覚であり、気持ちに過ぎないのですね。

さて、感謝すると幸せになるというのは、感謝すると幸せが成就するという二元的な考えがベースになっています。

しかし、本当は感謝と幸せとは一元的なものなのです。

ちょっと想像してみてください。

心から感謝の念を覚える時、同時に幸せな気持ちではありませんか?

感謝の念が湧き出ているのに不幸な気持ちでいるということは本来はありえません。

「感謝はしてるけど・・」と何か含みがあるときは、大抵は心から感謝はしていません。

逆に言えば、感謝の念を心の奥から引っ張り出すことが出来れば、自動的に私達は何があろうと幸せであることが出来るのです。

感謝と幸せは不即不離だと言えます。

これは、感謝というものと幸せというものがくっついて離れないという意味ではありません。

感謝と幸せは同じものなのですね。

感謝すると幸せになるは、幸せと感謝を入れ替えても成立します。

幸せであれば、心には感謝しかないということです。

常に感謝の心を持ちましょうというのは、常に幸せ感覚を想起して満たされましょうという意味です。

そういう心地であれば、知らぬ間に幸せに紐づきやすい現象も顕現化してくるということです。

これが感謝すると幸せになるの本当の意味なのです。

感謝するから幸せになるのではない。

感謝を想起する癖をつけると幸せ感覚を醸成できますよ。

幸せ感覚が醸成できれば、幸せ霊界が醸成されて、顕現化の法則によって、幸せが形作られていきますよというのが、この言葉の真意だということです。


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こんにちは!天心と申します。
守護霊アドバイス等の取次鑑定を行っています。
ブログ記事では、守護霊やスピリチュアル世界に関するお話を掲載してゆきます。

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