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コックリさんはなぜ危険か(その3)

コックリさんはなぜ危険か(その2)からの続きになります。

前回は、交霊術のメカニズムをお話するために神道的な交霊術の一種である鎮魂法・帰神術帰神術について説明をさせて頂きました。

帰神術を行う祭には基本的には三人(なんし二人)の斎戒沐浴した神職が、それぞれの役割を担うこと、それから、その役割となる、ひもろぎ役、審神者(さにわ)、琴を弾いて神霊を勧請する役(審神者が兼任の場合もあり)があることを説明しました。

一応、それぞれの役割についての説明や帰神術を行う祭の表面的な条件についてはお話できたかと思います。

今回は、もう少し帰神術のソフト面、つまり、神霊が降りてくるための条件についてお話してみたいと思います。

三人の神職がそれぞれの役割を担うことで、帰神術のお膳立ては揃ったと言えますが、それだけでは、真に正しい帰神術の環境が揃ったとは言えません。

なぜならば、誰でも彼でも帰神術を行えば、神霊が降りてくるというわけではないからです。

次元の高い神霊、邪な意志を持った霊物ではなく、霊格と清々しい霊波動を持った存在が降りてくるためには、きちんとした法則性があるからです。

それは何かと言うと「神霊は見合った波動を持つ神籬(ひもろぎ)にしか降りてこない」という法則です。

もう少し詳しく説明しますと、そのひもろぎ役となっている霊媒の持つ神職の霊格、霊覚に応じたものしか取次ができないし、神霊は降りては来てくださらないということです。

どんなに高次元で繊細な素晴らしい神霊を勧請しようと思っても、そのひもろぎ役となる神職の霊格が低かったり、あるいはその時の状態の波動が下がっている時には、高次元の神霊は降りてこれない、あるいは、降りてきても完全には取次することができないと言えるのです。

巷では天照大神(あまてらすおおみかみ)が降りてきて神示をくだされたとか、倭姫命(やまとひめのみこと)がメッセージをくれたなどと言われる方もいらっしゃいますが、その方の霊格や普段からの行い言動、品格がそれに見合っていないようなケースも時としてあります。

こういう場合は、ほとんどのケースで、全く別の霊物が降りてきている可能性が高いと言えます。

そういったことを審神者(さにわ)という役割の方が見破っていく、判断していくわけですが、そもそものひもろぎ役の神職が神霊を下ろすに見合った霊格がなく、普段からメチャメチャな生活をしている場合には審神以前に神霊が降りてくるはずがないということです。

また、神霊を勧請する役の神職も重要ではあります。

いくら人を育成し導く使命を持った神霊だとは言え、呼ばれればハイハイと気軽に降りてくるわけではありません。

やはり、それなりの霊格の神職が真剣に勧請するからこそ、お出ましになってくださるわけです。

気軽に何かペットか何かを呼び寄せるような感じで呼んでみたところで、降りてくるはずがないのですね。

この点も帰神術におけるとても重要なソフト面での条件になります。

それから、先ほど少し触れましたが審神者が降りてきた神霊をきちんと判定して、間違いなく神霊からのメッセージを正しく引き出せるかどうかという点も大事です。

審神者はそれなりの経験と知識、根本的な審神の基本をマスターしている必要があります。

帰神術においては百般の分野に精通していないと審神を行うのは難しいと言われてもいます。

このあたりの詳しい話はブログでは出来ませんが、少なくとも、経験、知識がそれなりにある審神者の存在が帰神術の際には必須であるということです。

以上が帰神術のソフト面の重要な要件になります。

次回はこれらのことを踏まえた上で、何故にコックリさんが危険であるかについて再度、お話していきたいと思います。


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コックリさんはなぜ危険か(その2)

コックリさんはなぜ危険かからの続きになります。

前回は小中高で周期的に流行るコックリさんについて簡単に説明をしてみました。

コックリさんが危険だという説は、以前から存在していたこと、そして、その理由は低級霊と呼ばれるあまり宜しくない霊的存在から憑依を受けてしまう危険性があるということでありました。

これだけでも危険だとすることはできますが、そもそも、コックリさんをはじめとする交霊術とはいかなるものであるのか。

そのメカニズムについては、あまり今までのスピリチュアル的な警鐘の中では触れられてこなかったように思います。

そこで、今回は交霊術というか、交霊のメカニズムについてお話してみたいと思います。

最初に言っておくと私は霊的存在や霊界と呼ばれるフィールドとの交流自体を危険だとみなしているわけではありません。

本来、人は知っていようといまいと霊的存在、霊界との交流を持っているものでもあるからです。

なので、わざわざ、交霊術などという不可思議な儀礼にこだわらなくても霊的存在や霊界との交流を果たすことは可能だと言えます。

その方法はとりあえず置くとして、まずは、コックリさんのメカニズムを説明するにあたり、神道的な霊法の一つにある鎮魂法・帰神術についてお話してみたいと思います。

一般には聞きなれない言葉かも知れませんが、多少の神道の流れを勉強されている方は、よく知っているか、あるいは耳にはしたことがあるかと思います。

これは、平たくいうと神道家である本田親徳(ほんだちかあつ)という方が提唱した神霊界との交霊法の一つであると言えます。

もちろん、本来的にはもっと深い意義があるのですが、今回は交霊術という側面に限定してお話を進めていきます。

鎮魂法と帰神術は本来は別の霊法ではありますが、鎮魂帰神などと一緒にセットで呼ばれることもあります。

鎮魂法とは魂を鎮めたり、活性化させていく霊法、帰神術は、神がかりを意図的に起こして神霊と交流する霊術になります。

交霊という観点で考えると帰神術が交霊術に当たるかと思います。

では、帰神術とはいかなるものなのかをお話してみたいと思います。

帰神術は、基本的には三人の潔斎沐浴して清々しい状態となった神職が行います。

この三人にはそれぞれに役割があります。

一人は、神霊を下ろす触媒としてのひもろぎ役を努めます。

神霊との取次には人間を介さないとできませんから、その役目を担う存在が必要であるわけです。

二人目は、審神者(さにわ)と呼ばれる存在です。

これは、私も度々、ブログ記事の中で審神(さにわ)という言葉を使っていますから聞き覚えがある方もいらっしゃるかと思います。

審神とはひもろぎ役に降りてきた神霊の正邪を判別したり、質問をしてメッセージを引き出す役割になります。

私はもっと審神という概念には広く次元の高い解釈を持って受け止めていますが、ここではあくまで帰神術における審神の役割をお話しています。

審神者は、ひもろぎ役の霊媒に降りた神霊を判定し時には、邪なる存在であった場合には退去させたり、霊縛などをして好き勝手にさせない処置を行う重要な役割なのです。

そして三人目は琴をを引いて、神霊をひもろぎ役の霊媒に下ろす役割です。

三人目の役割は審神者が担い、二人で行う場合もあります。

これが三人の役割の概要になります。

この帰神術の仕組みは非常によくできています。

ひもろぎ役の霊媒が怪しげな霊物に仮に憑依されてしまっても、審神者がこれを監視しているので、問題があってもすぐに対処できるというわけです。

巷では霊媒というと一人で全てを行っているケースもあるかと思いますが、深いトランスに入ってしまうと霊媒自身が自らをコントロールできない状況に陥る可能性があるわけです。

ですから、審神者という役割が非常に重要でもあるわけですね。

別の言い方をすれば、審神者がいてくれることで、霊媒は安全に神がかり状態になることができるということです。

これが帰神術を行う際の体制となります。

次回は、今回のお話を踏まえて帰神術を行う際の前提条件となることなどをお話していきたいと思います。


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コックリさんはなぜ危険か

久しぶりに霊能力カテゴリのお話をしてみたいと思います。

霊障カテゴリと双璧であまり語るのが気が進まない分野でもあります。

霊能力という言葉も色々と誤解を招き続けている響きを持っているので、あまり使いたくないのですが、それに反して、興味を持っている方も結構いらっしゃるのも現実です。

あまりスルーを決め込むと様々な部分的な情報や興味本位のみで語られる情報に惑わされてしまう方もいると思い、今回は思い切ってお話してみたいと思います。

テーマは「コックリさんはなぜ危険か」になります。

これから詳細のお話をしますが、これはやってみてくださいという意味ではなく、基本としてやると危険ですよという意味です。

ですから、決して面白半分やそうでなくても実践はしないようにしてください。

念を押したところで話を進めていきます。

コックリさんとは、結構、周期的に小中高の学校でなぜが流行する交霊術の方法です。

なぜ周期的に流行するのかはよくわかりませんが、必ず、集団ヒステリーや教室にいた生徒が狂乱状態になったりするという事件が周期的に耳にいたします。

そもそも、コックリさんは、紙の上に平仮名の五十音を並べて、その上に五円玉などをおいて、霊的な存在にコンタクトをとり、メッセージをもらおうという方法であります。

紙の上に書くのは五十音以外もアルファベットを加えるパターンや五円玉ではなく鉛筆や他のものを代用することもあります。

そして、基本的に三人ひと組で交霊を行います。(場合によっては二人で行う場合もあります)

交霊に成功すると五円玉(ないし鉛筆や代用品)が紙の上の文字を通してメッセージをくれるという寸法になります。

勝手に五円玉が動き出し、文字を辿るようになる不思議な現象に興味をそそられた、まだ未熟な若者たちが自分たちが何をしているのかもわからずに霊界をおもちゃにしているわけです。

それだけでも、私は今、お話をしていて身の毛がモゾモゾとよだつ感じがするくらいです。

さて、コックリさんが危険であるというお話は実は私がことさら言う必要も本来はないくらい、昔から言われていることでもあります。

その理由は実にシンプルで低級霊、あるいは危険な意志を持った霊物を呼び込んでしまう可能性が高いからだと言えます。

危険な霊物を呼び込んでしまった場合、憑依を受けて運気が下がったり、最悪、精神に異常をきたしたりするケースもあります。

このような警鐘は結構、以前からなされていることであり、私などが改めてお話する必要はないかなと正直、思っておりました。

しかしながら、昨今では、霊的な交流というものが以外と軽い感じで受け止められて、誰でも気軽に交霊を試みたりしてしまうことが増えてきたように思います。

そして、いくら「低級霊に惑わされる危険がありますよ」といってみても、「私は大丈夫」「騙されないようにすればいいんでしょ?」などと鷹をくくって試みる人がいるのも現実にはあります。

ですから、単純に低級霊からの憑依などの危険だけを説いても、実感がわかず何が危険なのかよくわからないため、間違った霊とのアプローチをしてしまう人が後を絶たないように思います。

そこで、交霊の実際のメカニズムなどを説明しながら、何故、「コックリさんは危険」なのか、そして、危険ではない交霊とはいかなるものなのかをお話していければと思います。

次回に続きます。


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天耳通力-心に浮かぶメッセージ-

前回の記事であまり触れたくないと行った矢先からで恐縮ですが、霊能力カテゴリのお話を続けてしてみたいと思います。

取次鑑定として日々、守護霊アドバイスなどを取次させていただいておりますが、こういうことをしていますと何かと天心は特別な人間ではなのか?と誤解されることがあります。

全く持って、普通の人間でありますし、万能でも完全でもない、むしろ、不足部分の多い未熟な人間です。

全てのアドバイスや取次は守護霊をはじめとする神霊が働いてくださることで機能しているに過ぎません。

あくまで天心は媒体であり、「取次」をしているに過ぎません。

なので、全ての功績は守護霊にあり、神霊にあるといって良いでしょう。

それでも、「守護霊からのメッセージを受け取れるというのは特別な力でしょ?」と思われる方も多いようです。

メッセージを受け取る能力のことを仏教では天耳通力(てんにつうりき)と呼ばれたりもしているくらいなので、益々特別な印象が強まりますよね。

でも、これは霊視と同じように実は誰でも本当はメッセージを感じたり受け取ったりしているはずなのですが、気づいていないだけというケースが多いといえます。

メッセージを受け取るなんていうと特別に感じてしまうのは、丁度、はじめて天体望遠鏡を除いて夜空の星の姿を目の当たりにした時に思わず「スゴイ物を見た!」と感激してしまうことにも似ています。

最初は確かに特別でスゴイことのように思えるかもしれませんが、天体望遠鏡を使い、その後、惑星や衛生などを観測しんがら学問的探求をしていくことで、新しい発見や発想を生み出していくことこそが大事なわけです。

同じように単にメッセージを受け取れるかどうかということよりも、メッセージを人生を通しての学びを深めるキッカケとできるのかどうかが大切になるわけです。

守護霊との交流によりメッセージを受け取ることも、最初はとにかくメッセージを受け取りたいと思う一心になってしまいがちになるかと思いますが、段々とそこから先へと進んでいくことが肝要です。

とはいえ、最初はやはり、ワクワクドキドキしんがら楽しんで守護霊との交流をしていくところから入るのは、良いことかと思います。

さて、今回は少しメッセージを受け取る時のコツといいますか、状況についてお話してみたいと思います。

まず、あまり「受け取ってやるぞ!」と気張らない方が良いということです。

それから「自分には無理ではないの?」という否定的な考えも排除していくことが大事です。

あとは、「メッセージを受け取ることは特別な行為だ」という念も持たない方が良いでしょう。

なぜならば、私達は特別なことと感じた瞬間にその対象との距離が広がってしまう傾向があるからです。

特別なことは特別なのだから滅多には起こらない。

このような流れのストーリーが自分の中に出来上がってしまうとメッセージを受け取ろうとしても、そのストーリーが作り出す霊界がメッセージの受け取りを拒んでしまうことになります。

守護霊交流に関してはFGSの会で詳しく触れていますが、ブログ読者向けにもできる範囲でお話できるとすれば、このような感じになるかなと思います。


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霊視-霊界を垣間見る-

久しぶりに霊能力カテゴリのお話をしてみたいと思います。

あまり、霊的な能力のお話をすると、そちらの方面ばかりに興味が注がれてしまう可能性が高いので、控えめにしています。

でも、スピリチュアル世界のお話を語る上でどうしても避けて通れない分野でもあるかなとも思います。

霊能力というとなんかとてつもなく特殊な能力というように思ってらっしゃる方も多いような気もいたします。

実は全くの誤解なのですが、この誤解は結構根深いところにあります。

さて、今回は、巷で言われているスピリチュアルなお話でもよく耳にすることも多いであろう「霊視」ということについてお話してみたいと思います。

私は、当初、霊視という形の鑑定をしていましたが、現在は廃止しています。

それは、なぜかといえば、巷で言われている霊視がいろんな意味を含みすぎていること、誤解を生じやすいという点も理由の一つとしてありました。

「霊視すればなんでもわかるのでしょ?」という方が結構いらっしゃるのですが、そんなに便利なものでもないのです。

霊視をあえて私なりに定義すれば、「霊的世界を垣間見る」ことであるといえます。

霊的世界とは霊界であったり、霊界にある存在であったりします。

霊界を固定的に定義するのはとても難しいことなのですが、霊界には様々な現世の原型ともいえる雛形が存在しています。

ある意味、私達の未来の形もそこに存在しています。

未来だけでなく過去も現在も存在していますが、占いなどで未来予言として行う霊視の場合は、この未来の雛形を垣間見て判断しているわけです。

もちろん、これだけでなく、霊界の存在にコンタクトをとり、教えをこうなどの情報取得の方法もあります。

また、未来予知を行う専門の霊界(占術霊界)を動かすという方法もあります。

いろいろとやり方はあると思いますが、いずれにも問題があります。

様々な方法にて未来の様子がわかったとしても、この霊界は変わらずに固定であるわけではないので、常に変化し続けています。

未来というものは、ある程度のグランドデザインはありますが、その詳細は常に変わっていますし、現在での大きな霊界の変動があれば、グランドデザインそのものも変わる可能性はあるのです。

つまり、いつでも未来の霊界というものは揺らぎ一定していないといえるのです。

未来の霊界を一度でも垣間見てしまうとその霊界は必ず影響を受けて変化してしまうことになります。

なぜならば、未来の霊界を見ることで現在の霊界にも影響を与えてしまうからにほかなりません。

現在の霊界が影響を受けて変化すると未来の霊界も変わってしまいます。

このことを考えると未来の霊界で100%の固定的な未来を予見することは不可能だということになります。

ある程度の参考にするならば、まだしも、人は得てして、自分の未来の姿を知るとそこに固執してしまうことが多いものです。

だからこそ、私としては、未来予見、霊視による鑑定は廃止にしたという経緯があります。

未だに「この先、私はどうなるの?」といった質問がくることが時折ありますが、未来については一切、守護霊にも聞かないし、霊視もしないということを貫いています。

未来は自分の手で切り開くもの、そのためには現在の自分の霊界を変えてゆけば良いのですね。

なので、未来がどうなるかなどは一切気にする必要はないのです。

昨今、不吉な予言の類に不安になる方が多いように思いますが、私達人類の未来も私達が作ってゆけば良いのです。

恐れることは何もありません。

恐れたってどうしょうもないのです。

逆に恐れば恐るほど、より最悪なグランドデザインが描かれた霊界を強化してしまうだけなのです。

この点をどうかご理解いただければと思います。

さて、ちょっと話がずれてきたので元に戻しまします。

霊視についてですが、何か特別な能力と思われがちですが、実際には誰にでもある霊眼でものを見ている状態に過ぎません。

問題は何を見ているのか。

見せられているのかが問題です。

守護霊などの神霊と呼ばれる存在が見せている場合は、やたらと様々なものを見せたりはしません。

必要なものだけを必要な時に見せてくださるといった感じです。

逆にそれ以外には、雑多な霊界の断片が見えてくることはありますが、これはノイズのようなものなので、あまり意味をなさないものも多いです。

逆にノイズに囚われると霊界に囚われてまともな現世での生活が送れなくなってしまいます。

だからこそ、私達は通常は霊視ではなく、肉眼による物理空間のものだけを見るように導かれているともいえます。

そんなわけで、霊視というテーマで久方ぶりにお話をしてみました。

多少なりとも興味のある方のご参考になればと思います。


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プロフィール

天心

Author:天心
こんにちは!天心と申します。
守護霊アドバイス等の取次鑑定を行っています。
ブログ記事では、守護霊やスピリチュアル世界に関するお話を掲載してゆきます。

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